だれもが聞いたことのあるアパレル販売会社GAPは、1969年リーバイスとレコードを扱う店としてスタートしました。
GAPは、アパレルメーカーがデザインを企画し、縫製メーカーが仕立てるなど、消費者のもとに商品が届くまで2年間もかかっていた古いアパレル業界の常識を打ち破って成功したメーカーです。
今回は、消費者のもとに服が届くまで2年もかかっていた、アパレル業界の常識を打ち破ったGAPについて紹介していきます。
GAPはジーンズとレコードを扱う店からスタートした
若者向けのショップを目指す
GAPは、1969年ユダヤ系アメリカ人のドナルド・フィッシャーと妻のドリス・フィッシャーが「10代向け」にリーバイスとレコードを扱う店としてスタートしました。
GAPのコンセプトは、「そこそこファッショナブルなモノ」を「極めて低価格」で提供することでした。
レコード販売は万引きがきっかけで撤退
レコード販売は万引きが多かったので撤退しましたが、アパレル商品に絞った若者向けの店は成功し、1974年には25店舗を超えるようになりました。
GAPができるまでのアパレル業界
アパレル業界は工程が多すぎる
GAPができるまでのアパレル業界はスピード感がなく、商品を出すためにはいろいろな工程を踏まなければいけないので、消費者の元に服が届くまで2年もかかっていたのです。
アパレル業界の基本的な流れは下記の8つです。
流行が過ぎると売れなくなる
アパレル業界は、流行色を知ってから消費者のもとへ届くまで2年はかかる仕組みで動いていました。流行は数週間単位で移り変わるのに2年もかけていたら追いつけません。
その結果、ファッション性の高いものは数が少なくて高くなり、消費者の手元には届かなかったのです。
さらに、アパレルメーカーは小売り機能を持たないので、流行を外すと在庫を大量に抱えてしまうリスクを負っていました。
GAPが変えたアパレル業界の常識
販売スピードをアップさせたビジネスモデル
GAPは、アパレル業界全体の商品提供スピードが遅いと気付き、自らが商品を企画し製造販売する『SPAモデル』を作り出しました。
- ・多店舗展開の販売力
- ・単品当たりの発注数が多さ
- ・アジア各国の工場と直接取引
この3つを重視したGAPは、自社で商品を企画し、製造販売することが出来るようになったので在庫も残らず、流行も逃さないようになりました。
SPAとは?
『SPA』は「Specialty store retailer of Private label Apparel」の略で、従来のアパレル業界の販売方法とは異なり、安く販売できる自店を確保し、流行を逃がさず、安く製造することができる仕組みになっていたので大幅なコストダウンを可能にしました。
サプライチェーンの管理にこだわる
GAPのこだわり
サプライチェーンとは、製品の原材料・部品の調達、製造、在庫管理、配送、販売、消費までの全体の流れを指します。
GAPは、サプライチェーンの管理に力を入れた企業になります。
在庫を抱えないスピード感
GAPは、在庫の日数を他社の半分の49日しか持たないようにしました。
今までのアパレルメーカーは、在庫を100日近く持って捌くが常識でしたが、GAPは自分で作って販売する店を持っていたので商品を売り残すことがなかったのです。
さらにGAPは、2ヵ月ごとに新商品を投入することが出来る仕組みを生み出し、1987年には、600店舗を出店し、売り上げは10億ドル(約1,110億円)になるまで成長しました。
最後に
今回は、消費者のもとに服が届くまで2年もかかっていたアパレル業界の常識を打ち破ったGAPについて紹介しました。
GAPは、1969年にユダヤ系アメリカ人のドナルド・フィッシャーと妻のドリス・フィッシャーが「10代向け」にリーバイスとレコードを扱う店としてスタートしました。
コンセプトは、「そこそこファッショナブルなモノ」を「極めて低価格」で提供することで、アパレル業界の古い常識を打ち破り、自分で企画製造して販売も自分の店で行う『SPAモデル』を作り出し大成功しました。
GAPは、速いスピードで企画製造し、消費者へスムーズに商品提供することで流行を逃がさず在庫を抱え込まずに成長することが出来ました。
GAPの『SPAモデル』は、現代のZARAやユニクロなどファストファッションを生み出し、アパレル業界の新常識となったのです。